産婦人科医の人生
先日、同じ医局出身で個人的にお世話になった先輩の産婦人科医師が亡くなられました。
年齢もごく近く、正直 ショックでした。
先輩は開業医としても先輩で、殆どの診療をお一人でこなし、夜間の出産も含め、殆ど一人でこなされていました。
私は岐阜市菅生(鏡島大橋北)に2002年に開業し開業医としての人生を開始しましたが、少し忙しくなった時点で多くの先輩、後輩の先生方の協力を得て、頑張ってきました。
先生は、開業した場所が 私より他の医師の協力を得にくいということもあり、ご苦労はいかばかりであったでしょう。
本日、告別式でした。
譲渡したクリニックの旧職員の皆様が一同に集まってみえました。
苦楽を共にした同士のような、あるいは家族のような皆さんだったのかもしれません。
私は昨年 年初に体調に自信がなくなり、クリニックを譲渡しました。
そして、毎晩の当直の生活を終了としました。
当直の医師がいる日でも、何か事故につながりそうなことが進行していないか気になって夜も熟睡できていないような生活。
これが長かったせいでしょうか、クリニックを譲渡して(責任者でなくなって)も、深夜に(呼び出されたのに)寝過ごしたような気がして、ふと深夜に目が醒める日は1ヶ月以上続きました。
最近は愛犬の散歩をねだる吠え声で目が醒めるようになりました。
その先輩は、病気で倒れられるまで、ずっと産婦人科医の生活だったと思います。
今回は 本当に考えさせられました。
年齢がいくと深夜の出産に立ち会ったあと、朝から外来診療をこなすことが難しくなります。
疲れた顔をして頑張っている産婦人科医がいましたら、何卒ご容赦してやってください。
わたしは、深夜の出産立ち会いの生活を終了しました。
その立場から、まだ皆様のお役にたてることがないか、今一度 考えてみます。
先輩先生の ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌
初夏の休日(岐阜県:まん延防止予防措置 最終日)
6月20日(日曜日)本当に まん防措置を終了しても大丈夫?と思いながらも、
やはり高原に行きたい!
という欲求を抑えきれず・・・
早朝から奥飛騨へ。
平湯温泉 あかんだな駐車場に車を駐車し、自家用車では入れない「上高地」へ!
こんな素晴らしいところに、日帰りできるなんて。
岐阜に生まれて幸せです。
上高地は 長野県松本市です。地元の方々は、蔓延防止等措置は上高地は発令されていませんよ。と言ってました。
三密回避、手指消毒、マスク着用は こんなに澄んだ空気でも ちゃんとされていました。
殆ど話し声もないため、ブッポウソウの鳴き声が良く聞こえました。
リラックスした休日を過ごし、帰宅しました。
さあ、また仕事を頑張りましょう。
COVID-19ワクチン2回目
6月13日(日曜) 朝日大学病院にてワクチン2回目接種を受けてきました。
「ありがとうございました」という気持ちです。
とてもスムーズな対応で感心しました。
まだまだ、感染は終息の見込みも立たず、65歳以上の高齢者の接種も進んでいるとは言えないようです。
また、次に控えている60歳から65歳の方への接種、合併症のある方への接種の準備も進んでいると伺いました。
自分自身の接種が終わるまでは、自院が感染源とならないことで気持ちは精一杯でした。
しかし、自身の接種が終わった以上、接種のお手伝いしないのは医療者としていけませんね。
自院には、強力な冷凍冷蔵庫が用意出来ませんので、広域接種会場などの出務に出かけたいと思います。
ずいぶん永い間、独り言をしませんでした。
受診された方から、「お忙しいですか? ブログ楽しみにしてますよ」と言われました。
正直申し上げると、
もしかして誰も見てくれていないかも・・・。
と、思ってましたので、ちょっと意外でした。
簡単にアップできるinstagramはあげていましたが。
あじさいの写真は、我が家のご近所で撮影しました。6月7日です。タイムリーではないですね。
反省です。